原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

010 化学実験を完全自動化

掲載日:2023年1月24日

物質科学研究センター 階層構造研究グループ
研究主幹 大澤 崇人

東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は地球惑星科学、分析科学、オートメーション工学。研究炉JRR-3に設置されている即発γ線分析装置を担当しており、はやぶさ2が持ち帰った小惑星「リュウグウ」試料の分析も手がけた。近年は特許の製品化や、企業への技術コンサルティングなど、産業利用にも力を入れている。

研究効率 大幅に向上

負担激減

大規模な工場では人間の力を借りることなく製品が自動生産されている。ファクトリーオートメーション(FA)の世界では、極限の合理性が追求されているのだ。しかし、研究機関では数十年前の装置が普通に稼働しており、実験はほとんどが手動のままである。東日本大震災の直前に私は、研究用原子炉JRR-3に設置された分析装置の担当となった。平成初期に作られた装置は、全てが手動操作。実験では利用者が徹夜で試料を交換していた。

そこで、震災で原子炉が長期停止となった期間を利用し、多関節ロボットを導入して装置の完全自動化に乗り出した。古い装置の自動化は容易ではなかったが、ハードウェアの設計からソフトウェア開発まで自ら行い、完全自動化に成功した。その効果は絶大で、自動化前とは比較にならないほどデータ生産性が向上し、利用者の負担が激減した。

湿式分離に応用

私はそこで培った技術を、面倒な実験の代表である湿式分離に応用した。最初に挑んだのは海産物中のストロンチウム-90分析前処理である。湿式灰化、化学分離、イオン交換の三つの工程をそれぞれ自動化するシステムを開発した。

これをさらに発展させ、コンクリート廃棄物中に含まれる放射性核種の分析前処理を完全自動化した。2台のロボットが線路上を自在に移動し、複雑な湿式分離を行う。ラボラトリーオートメーションを高次元で具現化したこれらのシステムでは、メーカーも規格もバラバラな多数の理学機器をリモートで統合制御している。

最大の障壁だった分注と減圧濾過の操作に関しては、新たな装置を発明した。特許取得済みの「ピペットシステム」はリモート制御のマイクロピペットであり、ロボットで正確無比な分注を行える。

また特許出願中※の「減圧ろ過装置」は、面倒な既存の減圧濾過が格段に簡単になった。いずれも近日中に販売を開始する予定だ。

※特許取得済み(減圧ろ過装置:特許第7197867号、ピペットシステム特許第7162259号)

規格統一期待

これまでさまざまな化学実験装置を、相当な水準で自動化してきた。しかしそれは、私の個人的技量に依存しているもので、適用範囲にはおのずと限界がある。

自動化を一般の実験室レベルで実現できれば、多くの研究現場で実験効率を大幅に向上できる。そのためには人材育成だけでなく、理学機器メーカー全体での規格統一を期待する。